福岡地方裁判所 昭和54年(ワ)1329号 判決 1981年2月24日
原告 古崎一弘 外三名
被告 福岡市
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告古崎一弘、原告西島清計に対しそれぞれ金一一〇万三三四二円、原告鶴田繁俊に対し金一二〇万四七四五円、原告玉川博美に対し金五八万四七一七円及びこれらに対する昭和五三年八月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、別表(一)の「勤務開始年月日」欄記載の年月日から福岡市消防局に勤務する同市の消防吏員であり、被告市からそれぞれ別表(二)の「原告別給料、調整手当及び特勤手当額」の「月別給料、調整手当」欄記載の給与を、毎月二一日払として、支給されていた。
2 原告らは、別表(一)の「隔日勤務の期間」欄記載の期間、隔日勤務をしていた。
3 被告市においては、昭和四一年三月三一日、福岡市職員の特殊勤務手当に関する条例(同日福岡市条例第一一号、以下「特勤手当条例」という。)が制定された。同条例三条は、
「特殊勤務手当は、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務で、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員に支給する。
2 前項の手当は、第一種勤務差手当、第二種勤務差手当、第三種勤務差手当及び第四種勤務差手当に分類する。」
と定められている。
そのうち第一種勤務差手当は、同条例四条において、
「第一種勤務差手当は、正規の勤務時間(休憩時間を除く)が一週間につき三九時間をこえる職員に支給する。ただし、次条の規定の適用を受ける者を除く。
2 前項の手当の月額は、次の各号に掲げる区分に従い当該各号に定める額とする。
(1) 一週間の勤務時間が四二時間の職員 その者の給料月額及びこれに対する調整手当の月額の合計額に一三分の一を乗じて得た額
(2) 一週間の勤務時間が四五時間の職員 その者の給料月額及びこれに対する調整手当の月額の合計額に一三分の二を乗じて得た額」
と定められている。
4 福岡市消防職員の勤務については、昭和五三年八月三一日までは法令上次のように定まつているだけであつた。すなわち、福岡市職員の勤務時間及びその他の勤務条件条例(昭和二六年条例第五五号。以下「勤務時間条例」という。)三条は、
「職員の勤務時間は、休憩時間を除き、一週間について三九時間を下らず四八時間(日給者その他これに類する者にあつては一日につき八時間)をこえない範囲内において、任命権者が定めるものとする。
2 勤務の特殊性その他の事由により前項に規定する勤務時間により難い職員の勤務時間については、一週間について六〇時間をこえない範囲内において任命権者が人事委員会の承認を得て別にこれを定めることができる。
3 前二項に規定する勤務時間の割振りは、任命権者が月曜日から土曜日までの六日間において行うものとする。但し、特別な勤務に従事する職員については、この限りでない。」
と定められている(なお、傍線部分は、昭和四六年一二月の改正で新たに加えられた。)。これに基づいて、福岡市消防職員の勤務等に関する規程(昭和二六年消防局訓令甲第一二号、以下「消防職員勤務規程」という。)が制定された。原告らの勤務形態である隔日勤務の消防職員については、右規程三条二項(昭和四八年九月改正後は同条三項。以下同じ。)で、
「隔日勤務の職員(以下「隔日勤務者」という。)の勤務時間は、午前九時から翌日の午前九時までとする。」
とし、同規程六条では、
「所属長は必要と認めるときは、消防吏員については前三条の規定にかかわらず、休憩時間を除いて一週間を通じ六〇時間まで勤務させることができる。」
と定められていた(但し、昭和五三年九月一日以降は前記規程の一部改正により、同三条三項で「隔日勤務の職員(以下「隔日勤務者」という。)の勤務時間は、午前九時から翌日の午前九時までの間において休憩時間を除き一三時間とし、四週間を平均して一週間について三九時間となるように所属長が指定するものとする。」と定められた。)。
5 原告ら隔日勤務の消防吏員の「正規の勤務時間」
特勤手当条例にいう正規の勤務時間とは、原告ら隔日勤務者についていえば、労働基準法施行規則二九条後段、地方公務員法二四条六項に従つて、条例、規則等で予め定められた所定労働時間(同規則一九条所定)にほかならず、仮にこの定めがない場合は、同規則二九条前段の制限内でしか勤務させることができない。そうして、原告ら隔日勤務者は、次のとおりいずれにしても「正規の勤務時間が一週につき三九時間を超える職員」に該当するから、被告市に対し第一種勤務差手当を請求する権利を有する。
(一) 消防職員勤務規程三条二項によれば、隔日勤務者の勤務時間は、前記のとおり午前九時から翌日の午前九時までの二四時間となるものであり、また一週間につき三当務(一当務とは一回の連続した勤務のこと。)の勤務を行うのであるから、原告ら隔日勤務者の特勤手当条例四条一項にいう正規の勤務時間は、一週間について七二時間となる。実際、原告ら隔日勤務者は、午前九時から翌日の午前九時までの間、いくら働いても、その勤務に対して時間外勤務手当が支払われたことがなかつた。時間外勤務手当が支給されたのは、二四時間を超えて当務外(非番)の勤務についた場合だけであつた。
(二) 仮にそうでなかつたとしても、消防職員勤務規程六条及び福岡市消防局の取扱いによれば、原告ら隔日勤務者の正規の勤務時間は、一週間について六〇時間とされていた。
(三) 仮にそうでなかつたとしても、原告ら隔日勤務者の正規の勤務時間は、一週間について四二時間であつた。すなわち、被告市は、勤務時間の定めを条例により各任命権者に授権し、原告らの任命権者である福岡市消防局長は、前記規程によりこれを各所属長に授権した。原告らの所属長は、原告ら隔日勤務者に対し、勤務例(運用例)として、休憩時間を除き、一当務当り一四時間勤務するよう指示していた。隔日勤務者は、一週間につき三当務の勤務を行うものであるから、一週間について四二時間が勤務時間と定められていたことになる。この勤務例による勤務時間の定めは、労働基準法施行規則二九条後段のいわゆる変形一〇時間制についての定めに該当するから、原告らの正規の勤務時間が一週間について四二時間であつた。このことは、当時の被告市当局の公の場での発言や実務の取扱例に照らしても裏付けることができる。
もつとも、勤務時間を一週間につき四二時間とする根拠は、右のとおり所属長の指示による勤務運用例にあるところ、これは、地方公務員の勤務時間等勤務条件は条例で定める旨規定している地方公務員法二四条六項に牴触するともとられうるが、右条項は、地方公務員の勤務時間について、条例上明定することまで要求しているものではなく、条例により下位の法規にその定めを授権し、その委任関係が明確であれば、右条項の法意に適合するもので、右四二時間とする考え方に同条項と矛盾するところはない。
仮に、右の勤務運用例が同条項の「条例で定め」た勤務条件の内容をなすものでないとしても、原告ら隔日勤務者の勤務時間は、労働基準法施行規則二九条の予定する場合に該当するから、被告市は、地方公務員法二四条六項、労働基準法施行規則二九条に従つて、同条の制限内で、原告ら隔日勤務者の勤務時間を定めるべき法律上の義務を有しているものである。然るに自ら右制定義務を怠り、運用例によつて原告らを勤務させていながら、地方公務員法二四条六項所定の定めをしなかつたが故に特殊勤務手当の支払を免れるとすることは、条理上許されるものではない。
6 従つて、被告市は、原告古崎、同鶴田、同西島に対し、特勤手当条例施行日である昭和四一年四月一日から消防職員勤務規程上原告ら隔日勤務者の一週間の勤務時間を三九時間と改定した昭和五三年八月三一日まで、原告玉川に対し、その勤務開始の昭和四七年四月一日から右同様昭和五三年八月三一日まで各期間中の隔日勤務に応じて、少なくとも特勤手当条例四条一項、二項一号の第一種勤務差手当(月額は、給料月額及びこれに対する調整手当の月額の合計額に一三分の一を乗じて得た額。)を支払う義務がある。
7 よつて、原告らは、被告に対し、第一種勤務差手当請求権に基づき、別表(二)の「原告別給料、調整手当及び特勤手当額」の「特勤手当額」欄記載の各金員及びこれらに対する最終の給与支払日である昭和五三年八月二一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告市の答弁
1 請求原因1、3及び4の事実は認める。
2 同2のうち、別表(三)の「隔日勤務でなかつた期間」記載の各期間の隔日勤務の事実は否認する。その余の期間の隔日勤務の事実は認める。
原告らは、別表(三)の「隔日勤務でなかつた期間」記載の日は隔日勤務ではなく、毎日勤務に就いていた。
3 同5のうち、原告らの正規の勤務時間が一週間について六〇時間であつたことは認めるが、その余の事実は争う。
4 同6の事実及び主張は争う。
三 被告市の主張
1 (原告ら隔日勤務の消防吏員の正規の勤務時間について)
福岡市における消防吏員の隔日勤務は、消防職員勤務規程三条二項により、勤務開始時刻が午前九時で、終了時刻が翌日の午前九時(但し、昭和五〇年四月二八日以降は、開始時刻が午前九時三〇分、終了時刻が翌日の午前九時三〇分となつた。以下同じ。)と定められていること、同六条で、勤務時間は休憩時間を除いて一週間につき六〇時間までと定められていること及び一週間につき三当務であることからすれば、右規程上、一当務の勤務は、開始時刻が午前九時(午前九時三〇分)、終了時刻が翌日午前九時(午前九時三〇分)であるが、そのうち実勤時間が二〇時間以内であつて、次の二四時間は非番という勤務形態が定められていたことになる。従つて、その正規の勤務時間は、一週間につき六〇時間で、一当務当りの勤務時間は、二〇時間ということになる。これは、一週間の勤務時間については労働基準法施行規則二九条前段に該当するものであるが、一日のそれについては同条後段のいわゆる変形一〇時間制に該当し、その定めをする必要があるところ、右の同規程上の勤務時間の定めは所属長において自由に変形させうるものではないから、同規定上の右定めが同条後段の定めに該当するものであり、本件につき、被告市に変形勤務時間の定めを欠くところはない。
もつとも、被告市は、原告ら隔日勤務者に対し、現実には、一当務当りの作業時間を九ないし一五時間として運用してきた実績や、過去の一時期、同作業時間を一四時間とするよう各所属長に指示した事実も存するが、これらは、隔日勤務者の勤務の特殊性から生ずる作業時間のいわば割振り(勤務時間条例三条三項)として出てきたものにすぎず、正規の勤務時間を意味するものではない。すなわち、隔日勤務者の場合、一昼夜の長い勤務の間に火災や災害が常に発生するわけではなく、その間仮眠時間や休憩時間が必要であり、しかも一せい休憩はなく、休憩時間の自由利用もない(労働基準法施行規則三一条、三三条)から、普通の毎日勤務とは様相を異にし、一当務の勤務時間内において、作業を要する時間、作業を要しない時間(休憩時間、仮眠時間、待機時間)等のいわゆる作業の割振りを必要とするため、その割振りとして前記作業時間を運用、実施してきたものであるし、この作業の割振りをするにつき実際上、各消防署とその分署、出張所毎にまちまちで、現場から不満も出ていたため、福岡市消防局において、作業時間の割振りにつき、ある時期(昭和四三年四月ころから昭和四七年四月二六日まで)、一当務の作業時間を一四時間とする基準を設け、これを各出先の長に指示したにすぎず、これが正規の勤務時間と異なるのはもとよりのことである。
2 (特殊勤務手当について)
被告市の消防吏員の勤務時間の特殊性を、福岡市職員の給与に関する条例(昭和二六年三月三一日福岡市条例第一八号。以下「給与条例」という。)所定の行政職給料表(以下、給料表は、給与条例所定のものをいう。)を上廻る消防職給料表を適用することによつて既に給料の段階で考慮している。従つて、消防吏員については、第一種勤務差手当が支給されないことになる。すなわち、
(一) (特殊勤務手当と給料の関係)
国家公務員についての一般職の職員の給与に関する法律(以下「給与法」という。)一三条一項や被告市の特勤手当条例三条一項等の規定に鑑みるとき、特殊勤務手当によつて考慮されるべき勤務の特殊性とは、第一に、著しい危険、不快、不健康又は困難、その他著しい特殊性のある勤務であるもの、第二に、給与上特別の考慮を必要とするもの、第三に、その特殊性を給料(俸給)で考慮することが適当でないと認められるものという三要件を満たす類のものであるとされる。右第二、第三の要件に照らすと、特殊勤務につき給与上問題とする勤務の特殊性は、第一義的には給料で考慮するのが原則である。被告市においては、沿革的にも、勤務の特殊性を極力給料によつて調節する建前をとり、どうしても給料に組み入れることが不可能か又は著しく困難な事情があるときに限り、例外的措置として、特殊勤務手当を考えるものとしてきた。国家公務員の場合、特殊勤務手当の支給対象となる職務でも、その特殊性に対して既に俸給の調整額の支給等俸給上の措置がなされている場合には、特殊勤務手当を支給しないといういわゆる併給禁止の措置がとられている(人事院規則九―八の三二条)。これは、給与法一三条一項の規定(すなわち、福岡市の特勤手当条例三条一項の規定と同趣旨)を受けてとられているものである。
勤務の特殊性を給料で考慮することが適当でない場合としては、第一に、その特殊性が臨時的、一時的、偶発的又は不規則的に発生するものである場合、第二に、その特殊性を恒常的もしくは、常態的にとらえることが困難である場合、第三に、標準化し又は画一化して評価することが困難な場合がこれに当たる。他方、第四に、その特殊性がある程度恒常的もしくは常態的に存するからといつて、常にこれに対する措置を俸給(俸給の調整額を含む。)で考慮することが適当であるとは限らない場合、例えば、俸給では影響が大きすぎるような場合もあり、特に地方公共団体においては、特殊な勤務にたずさわる職員の多少、もしくはこれらの職員とそれ以外の職員間における人事管理上の問題点を考慮して、月額の特殊勤務手当で措置することも多くある。そして、特殊勤務手当の支給額の定め方としては、手当の性格上勤務一回又は一時間もしくは一日を単位として決めることが一般的にはふさわしいが、作業又は勤務の如何によつては、月額で決めることも考えられる。このように、特殊勤務手当は、それぞれの特殊性の内容、特殊な職務の頻度等に応じて名称、支給額等が定められるものであり、各特殊性に対応する特殊勤務手当もそれぞれ一個独立のものである。
(二) (被告市の特殊勤務手当の分類)
被告市においては、特勤手当条例三条等で特殊勤務手当を分類して定めているが、勤務の特殊性が一か月単位でみて恒常的なもの、もしくは常態的であるものを第一種から第三種勤務差手当に分け、勤務の特殊性が臨時的、一時的、偶発的又は不規則的に発生するものを第四種勤務差手当としている。
(1) 第一種勤務差手当は、勤務時間条例三条一項に規定する職員、すなわち、一週間につき三九時間を下らず四八時間を超えない範囲において勤務時間を定められる職員に対して支給されるもので、その支給の根拠は、特勤手当条例四条であり、支給区分は、四二時間、四五時間、四八時間と区分されていたが、現行規定は四二時間、四五時間と区分されている。従つて、勤務時間条例三条二項所定の職員(例えば、一週間につき六〇時間まで働かせることのできる消防吏員。)には、この手当の適用はなく、被告市としては、一週間につき三九時間ないし四八時間の勤務時間により難い消防吏員の勤務時間の特殊性については、行政職給料表とは異る消防職給料表の適用で解決している。すなわち、被告市は、福岡市職員の勤務時間及びその他の勤務条件に関する条例の解釈及び運用方針(昭和二六年八月二〇日庁達第一八号)をもつて、勤務時間条例三条二項所定の職員とは警察職員、消防職員等を指すことを明らかにし、昭和二九年四月一日施行の福岡市職員の特殊勤務手当に関する条例(昭和二九年福岡市条例第九号。以下「旧特勤手当条例」という。)は、その職員の定義を定めた二条三項において、消防吏員も右職員に当ると明定したうえ、四条但書をもつて、消防職員に対し第一種勤務差手当を支給しない旨を定めたが、この但書は前掲の各種条例の制定趣旨や改正経緯等に照らすと、当然のことに属することを念のために規定したにすぎないものと解されるのである。その後、福岡市職員の特殊勤務手当に関する条例の一部を改正する条例(福岡市条例第六九号、昭和二九年一二月二七日施行、同年九月一日から適用。)により、旧特勤手当条例二条の「職員」から消防吏員及びその他の消防職員という表現が削除され、さらに昭和三三年三月二九日の旧特勤手当条例の改正によつて、本来、第一種勤務差手当の支給対象者から消防職員を除外した趣旨の同条例四条但書も全く改められたけれども、叙上の経緯等に照らせば、これが消防吏員に第一種勤務差手当を支給するための改正でないことは明らかである。現行の特勤手当条例は、昭和四一年三月三一日福岡市条例第一一号をもつて制定されたが、右の沿革からみても、消防吏員に第一種勤務差手当請求権が発生するいわれはない。もし消防吏員に右手当を支給するならば、むしろ、改正の際、支給する旨の積極的明文を必要とするはずである。
(2) 第二種勤務差手当は、労働基準法四一条三号に規定するいわゆる監視又は断続的業務に従事する者について支給されるもので、この者については原則的に時間外勤務手当は支給されない。
(3) 第三種、第四種勤務差手当は、昭和四一年四月に、現行の特勤手当条例が制定された際に、それまでの旧特勤手当条例に規定された第一種、第二種以外の手当について、その特殊性が恒常的、常態的なものを第三種に、臨時的、一時的なものを第四種に分類整理し、支給額については、第三種を月額単位、第四種を日額あるいは勤務一回等の単位としたものである。
(三) (消防吏員の職務の特殊性)
消防吏員の職務の特殊性は、消防吏員全員に共通する特殊性と具体的な作業段階において生ずる特殊性とに分けられる。
(1) (消防吏員全員に共通する職務の特殊性)
これは、一般行政職員と比較した場合の消防吏員の職務の特殊性ということができ、給料において考慮することが適当と認められる特殊性である。
まず、勤務時間に係る特殊性として、第一に、消防吏員は労働基準法施行規則二九条により一週間につき六〇時間まで勤務させることができる。この点、被告市の勤務時間条例三条一項の一週間につき三九時間を下らず四八時間を超えない範囲で労働させられる職員と比べ、特殊性を有する。つまり、消防吏員は、同条例三条二項の職員である。第二に、労働基準法施行規則三一条、三三条により休憩時間の一斉付与、自由利用の適用が除外されている。第三に、被告市においては、消防吏員は、二部交替制勤務(隔日勤務)をとることから長時間の拘束を受ける。以上のことがあげられる。
次に、消防吏員全員に共通して、消防の使命に必然的に伴うところの主として危険性に係る特殊性がある。具体的には、第一に、消防吏員は、毎日勤務者、隔日勤務者を問わず、火災その他の危険な災害現場へ出動し、身を賭して積極果敢に活動する使命がある。第二に、刑法三七条二項による緊急避難の規定が適用されないとされている。第三に、常時緊張を伴う即応体制が要求されている。第四に、上司の指揮命令に従い、特に厳格な服務規律が要求されている。以上のことがあげられる。
(2) (具体的作業段階において発生する特殊性)
これは、具体的作業段階においてみられる危険性であり、給料ではなく特殊勤務手当で考慮することが適当と認められる特殊性である。
ア 工作救助隊員、はしご車隊員等の職務については、一般の消防隊員の活動に比して、さらに著しい危険性、精神的緊張度の高いものがあること(第三種勤務差手当―消防手当―工作救助隊員、はしご車隊員)。
イ 火災等の現場へ出動し、身を賭して積極果敢に活動する責任は、毎日勤務者、隔日勤務者を問わず、消防吏員の職責として潜在的に存在するが、具体的な作業段階においてみれば、危険性、緊張を伴う活動の頻度は、隔日勤務者の方が多いこと(昭和五四年三月三一日まで第三種勤務差手当―消防手当―隔日勤務者。同年四月一日以降は、第四種勤務差手当―当務手当―隔日勤務者)。
ウ ヘリコプター操縦士、ヘリコプター整備士の職務については、一般隊員の職務に比し、相当高度の専門的知識、資格を必要とする複雑、困難な職務であること(第三種勤務差手当―ヘリコプター操縦士、整備士)。
エ 救急隊員の救急業務については、一般隊員の職務に比し、著しい精神的緊張を伴い、心労の大きな特殊性があること(第四種勤務差手当―救急手当)。
オ ヘリコプターに搭乗して行う活動については、一般の消防活動に比し、著しい危険性、精神的緊張の度合いの高いものであること(第四種勤務差手当―ヘリコプターとう乗手当)。
3 (第一種勤務差手当額について)
仮に被告市に原告ら主張のように第一種勤務差手当を支給する義務があるとするならば、原告らの当該手当額の算出は、別表(五)の「原告別第一種勤務差手当算定額」記載のとおりとなる。
四 被告市の主張に対する原告らの認否
1 被告市の主張3の事実は認める。
2 同1及び2の主張は争う。
五 原告らの反論
1 特勤手当条例に規定されている特殊勤務手当のうち第一種勤務差手当のみは消防吏員に適用されないという主張は、右条例の解釈上どこからも出てこない。すなわち、
(一) 特勤手当条例二条によれば、同条例は、原則として、地方公務員法三条二項に規定する一般職に属する職員に適用され、その例外として同条例二条各号の該当職員のみをあげて、その適用対象者を明確に定めている。原告ら消防吏員がこの例外にあたらないことはいうまでもない。
(二) 同条例三条一項は、同条例の適用対象を定めたものではなく、特殊勤務手当の趣旨を定めたものである。同条項は、同条二項で分類されている各種の特殊勤務差手当のすべてにかかるものである。しかも、第三種勤務差手当、第四種勤務差手当はいずれも現に原告ら消防吏員に適用されていながら、第一種勤務差手当の適用がないとする主張には矛盾がある。
2 消防吏員の中でも、隔日勤務者と毎日勤務者とでは正規の勤務時間に差があるのに、同一の消防職給料表を適用しているのであるから、勤務時間の長い隔日勤務者に対しては第一種勤務差手当を支給すべきである。
3 行政職給料表と異なる医療職給料表の適用がある医療職の中で、一週間につき四五時間の勤務時間である看護婦には第一種勤務差手当が支給されている。一方には支給しておきながら、他方の消防吏員には給料表が異なることを理由に、明文の根拠もなく恣意的に右手当の支給を拒むことは許されない。
六 原告らの反論に対する被告市の再反論
1 隔日勤務者と毎日勤務者とに対して同一の給料表を適用したのは、次のような理由による。
(一) 一般に、給料表は、その適用者の大部分を占める職種の者を中心として作成するのが通常である。消防職についてみると、消防の本来の任務が「国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害に因る被害を軽減すること」(消防組織法一条)であるから、消防署の隔日勤務の職がその任務遂行の代表的、中心的なものである。消防職給料表は、この隔日勤務の消防吏員を中心として作成されている。このことは、消防吏員の数からみても、昭和五四年現在、福岡市消防吏員全体のうち隔日勤務職員が七二パーセント(約六〇〇名)を占めていることからも肯けよう。この割合は、過去に遡れば遡るほど高くなり、毎日勤務職員は少なくなつている。従つて、行政職給料表と異なる給料表制定による給与制度の発足以来、消防職給料表は、消防署の分隊員を中心とする隔日勤務者の勤務時間の特殊性を含めた勤務条件を考慮して作成されたものといえる。換言すれば、給料表は、まず適用者の範囲を定め、次にその給料表の内容は、前記のとおり、その適用者の大部分を占める職種の者を中心として決められるのであるが、適用者の範囲は、職務と責任の度合いが類似した職種の群に応じて定められるものであつて、その範囲内で少数派の者の勤務形態が多数派の者の勤務形態と異なることは、通常あるものである。その勤務形態の差は、給料以外の給与上の調整が必要となつてくる。
(二) 消防職給料表においては、毎日勤務者がその少数派になるが、通常の場合、隔日勤務者に比べて一日の拘束時間が短いこと等からすれば、給料表上有利にすぎるのではないかという問題もあるが、しかし、第一に、毎日勤務者も、消防職員勤務規程六条により、一週間につき六〇時間まで勤務させることができるとされており、これは消防職員という職責から生ずるものであつて、明らかに行政職員とは異なる特殊性である。第二に、毎日勤務者も、前記規程七条所定の場合は、火災出動等の義務がある。第三に、毎日勤務者の職場と隔日勤務者の職場との間の人事交流がある。以上の点もあるので、両者は、同一給料表の適用を受けている。
2 看護婦に第一種勤務差手当が支給されることと消防吏員にこれが支給されないこととは、全く矛盾しない。すなわち、
(一) 看護婦についての特別給料表制定の契機や経緯に照らすと、看護婦に行政職給料表と異なる給料表が適用されるのは、看護業務の複雑困難性と要員確保の必要性が考慮されているからであつて、勤務時間の特殊性を考慮のうえ行政職給料表と異なる給料表が適用される消防吏員の場合とは、給料表によつて考慮されている特殊性が全く異なる。
(二) 看護婦の勤務時間は、消防吏員の場合とは異なり、職制、勤務場所及び勤務内容に応じて、一週間につき三九時間、四二時間、四五時間と分かれているが(配転によつて各自の勤務時間が変更する。)、だからといつて、一週間につき三九時間勤務の看護婦用あるいは一週間につき四二時間勤務の看護婦用などと複数の特別給料表を制定することはできないので、人員数がもつとも多い三九時間勤務を標準として医療職給料表(二)を制定し、同じ看護婦の中で一週間につき四二時間や四五時間という勤務時間のものがもつ勤務時間の特殊性については、行政職給料表を適用していた時と同様に、第一種勤務差手当(時間差手当)でこれを措置してきたものである。従つて、同じく行政職給料表と異なる給料表の適用を受けるものであるといつても、看護婦に対する同表と消防吏員に対するそれとは、その作成の趣旨が異なるし、看護婦が消防吏員と異なり勤務時間条例三条一項所定の職員(一週間につき三九時間ないし四八時間)であつて、同条二項所定の職員でないことを考慮すると、看護婦に第一種勤務差手当が適用されることは当然のことであり、消防吏員に対するその不適用との間に矛盾はない。
七 抗弁
原告らが被告市に対して求めている特殊勤務手当請求権は、地方公共団体に対するいわゆる公法上の金銭債権であるからその時効については、地方自治法二三六条一項の適用がある。同項は、「時効に関し他の法律に定めがある」場合にはその定める時効によるものとしているところ、地方公共団体の職員の賃金請求権でもある本件請求権は、地方公共団体の職員には、法律が特に適用除外を定めた場合を除き、労働基準法が適用されるとする地方公務員法五八条三項に則り、賃金債権として、労働基準法一一五条による二年の時効が適用されることになる。然るに、特殊勤務手当の支給日については、特勤手当条例五四条では特殊勤務手当は、その月分を翌月の一五日に支給すると規定するところ、
1 原告古崎、同鶴田、同西島が本件訴状を提出して特殊勤務手当の支給を請求したのは昭和五四年七月一八日であるから、昭和五二年七月一八日以前に支給日の到来していたものは二年の時効によつて既に消滅しているので、同原告らについては、昭和五二年七月一五日が支給日となる同年六月分以前のものは、二年の時効によつて既に消滅した。
2 原告玉川が本件訴状を提出して特殊勤務手当の支給を請求したのは昭和五四年九月四日であるから、昭和五二年九月四日以前に支給日が到来したもの、すなわち、昭和五二年八月一五日が支給日となる同年七月分以前のものは、二年の時効によつて既に消滅した。
なお、右時効については、地方自治法二三六条二項により、時効の援用を要しない。
八 抗弁に対する認否
争う。
九 再抗弁
原告古崎、同鶴田及び同西島は昭和五四年六月一九日、原告玉川は同年七月六日、それぞれ被告市に対し本訴請求にかかる特殊勤務手当の支払いを催告した。
一〇 再抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1、3及び4の事実並びに原告らが別表(一)の「隔日勤務の期間」欄記載の期間のうち、別表(三)の「隔日勤務でなかつた期間」記載の各期間を除くその余の期間につき隔日勤務をしていたことは、当事者間に争いがない。原告らが別表(三)の「隔日勤務でなかつた期間」記載の各期間隔日勤務をしたことを認めるに足りる証拠はない。
二(原告らの正規の勤務時間)
地方公務員法三条二項所定の一般職の地方公務員の給与は、同法二四条六項により、条例で定めることとされている。被告市は、これを受けて、給与条例を設けている。同条例は、「各職員の受ける給料は、その職務の複雑、困難及び責任の度に基き、且つ、勤務の強度、勤務時間その他の勤務条件を考慮したものでなければならない。」(三条一項)、「給料は、別に定める正規の勤務時間による勤務に対する報酬であつて、この条例で定める…………手当を除いたものとする。」(同条二項)と規定している(これは、国家公務員における給与法四条、五条一項と同趣旨である。)。
前記争いのない事実のとおり、原告らが消防職員勤務規程三条二項所定の隔日勤務者であるから、まず、給与条例三条二項(特勤手当条例四条一項)にいう原告らの正規の勤務時間について、検討する。これについて、原告らは第一次的に一週間につき七二時間、第二次的に六〇時間、第三次的に四二時間であると主張し、これに対し、被告市は一週間につき六〇時間であると主張する。
地方公務員法二四条六項は、一般職の地方公務員の「勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」と規定されているが、消防吏員の勤務時間については、労働基準法四〇条、労働基準法施行規則二九条では一日について一〇時間、一週間について六〇時間まで労働させることができるが、その変形を定めた場合にはその定めによつて四週間を平均して一日の労働時間が一〇時間、一週間の労働時間が六〇時間を超えない範囲で労働させることができると規定しているので、条例による定めも、労働基準法の右基準を下廻ることはできない。被告市では、これを受けて、勤務時間条例三条二項で同条一項に規定する一週間について三九時間を下らず四八時間をこえない範囲の勤務時間により難い福岡市職員の勤務時間については、一週間に六〇時間をこえない範囲内で別に定めることができると定めており、消防職員勤務規程三条二項で隔日勤務者の勤務開始時刻が午前九時、勤務終了時刻が翌日の午前九時と定められ(但し、昭和五三年九月一日以降は、右規程の一部改正により、右規程三条三項で、「隔日勤務の職員(以下「隔日勤務者」という。)の勤務時間は、午前九時から翌日の午前九時までの間において休憩時間を除き一三時間とし、四週間を平均して一週間について三九時間となるように所属長が指定するものとする。」と定められている。)、同規程六条で消防吏員には一週間を通じ六〇時間まで勤務させることができると定め、さらに、同規程四条一項、二項で隔日勤務者には、四週間を通じて四日の勤務を要しない日が認められ、二日を単位として指定されるように定めている。証人一ノ瀬哲の証言、原告鶴田繁俊本人尋問の結果によれば、隔日勤務とは、当務と呼ばれる勤務開始時刻から勤務終了時刻までの継続二四時間を勤務した後、他の者と交替し、継続二四時間の非番日をおいた後、交代してさらに二四時間の勤務を繰り返す勤務形態をいい、隔日勤務者は、実際に、一週間につき三当務の勤務をしていることが認められる。従つて、隔日勤務者は、一当務の二四時間、四週間を平均して一週間につき七二時間の拘束を受けることになる。
ところで、労働基準法第四章に定める労働時間(「正規の勤務時間」がこれに相当するものである。)とは、原則として、労働者が労働するために使用者の指揮監督のもとにある時間をいい、通常、かかる監督下にない休憩時間は、労働時間に含まれないと解される。従つて、同法八九条一項一号に定めるような勤務の開始から終了までの時間は、これがすべて労働時間ということはできず、いわゆる拘束時間と呼ばれるものであつて、その中には休憩時間が含まれることになる。しかし、消防吏員には、同法四〇条、同法施行規則三三条一項一号によつて、休憩時間自由利用の原則(同法三四条三項)の適用が除外されているから、現実には、被告市の消防吏員について、消防職員勤務規程九条五項で、「休憩はすべて庁舎内において行わなければならない。」、同条六項で、「職員は休憩時間中外出しようとするときは所属長の承認を受けなければならない。」との規定があるにとどまるにしても、消防吏員の休憩時間は、建前として自由に利用することができるものではなく、従つて、権利として勤務から離れることを保障されているわけでもないと見なければならない。故に、これは、勤務時間に含まれないものと解すべきではないことになる。また、隔日勤務とは、前示のように、継続二四時間の当務と継続二四時間の非番を繰り返す勤務形態をいうのであり、このような継続勤務の場合は、人体の基本的な生理である睡眠の必要性から、夜間継続四時間以上の睡眠時間の附与は不可避と思われる(同規則二六条二項参照)。そうして、その睡眠時間は、権利として勤務から離れることを保障されるべき時間であるから、勤務を要しない時間として、勤務時間に含まれないと解するのが相当である。被告市において、消防職員勤務規程九条三項は、「隔日勤務者の休憩時間は、午前一一時から午後二時までの間に一時間及び午後五時から翌日の午前八時までの間に連続した四時間以上の休憩時間を含む一〇時間とし、その割振りは所属長が指定する。」と規定している。成立に争いのない乙第二八ないし第三二号証の各一、二、同第三三号証の一ないし三、同第三四及び第三五号証の各一、二、同第三六号証の一ないし三、同第三七及び第三八号証の各一、二、同第三九号証の一ないし三、証人一ノ瀬哲の証言、原告鶴田繁俊本人尋問の結果を総合すると、隔日勤務者は、災害出動や救急出動等不時の出動の場合を除き、また、小規模の出張所等は別として、平常の一当務として、午前九時(又は午前九時三〇分)から午後〇時までと午後一時から午後五時まで警戒、訓練、通信、機器整備、受付その他雑務整理等の勤務に従事するほかは、午後〇時から午後一時までと午後五時から午後六時までの各一時間を食事などのために利用される休憩時間、午後六時から午後八時まで待機時間、午後八時から翌朝午前七時までの間交代で一時間の通信勤務につく以外は待機時間と休憩時間を合せて仮眠することができ、そのうち少なくとも四時間を仮眠時間と呼んでおり、午前七時から午前九時(又は午前九時三〇分)まで整理や準備にあてるという運用が行われていたことが窺われる。右認定事実からすれば、実際には仮眠時間と呼ばれている右規程の夜間連続した四時間の休憩時間は、労働基準法施行規則二六条二項所定の睡眠時間に相当すると見るべきである。従つて、隔日勤務者の一当務二四時間のうち右規程九条三項所定の休憩時間が一一時間を占めることになるが、この休憩時間のうち少なくとも夜間連続した四時間は、休憩時間という名称ではあつても、勤務を要しない時間として、給料支給の対象となる勤務時間に含めて考えるべきでないということになる。もつとも、睡眠時間に相当すると見られる右の四時間は、二四時間の拘束時間に含まれているうえ、その性質上庁舎内で睡眠しなければならないという時間的、場所的制約を受けることはいうまでもなく、職務専念義務を負わないというにとどまり、この点において、前示のように労働基準法三四条三項の適用を除外されている本来の休憩時間とその性質を異にすると考えるべきである。ただ、消防吏員は、勤務を要しない時間である睡眠時間中であつても、労働基準法三三条三項、消防職員勤務規程七条により緊急出動の義務があると定められているので、この意味では、完全に勤務から解放されているとはいえないかもしれないが、この場合の勤務に対しては、別途考慮すべきこととなるのはいうまでもない。これに右規程三条二項及び六条の規定や一週間につき三当務が時間的限度であることを対比するとき、同三条二項の一昼夜勤務に拘らず同六条で一週間につき六〇時間を勤務時間と定めたのは、右の睡眠時間が考慮されてのことと考えられ、従つて被告市における原告ら隔日勤務者の正規の勤務時間は、一当務二四時間の拘束時間のうち、前記の継続四時間の睡眠時間に相当すると見られる時間を除いたところの一当務当り二〇時間であり、四週間を平均して一週間につき六〇時間であると解するのが相当である。
もつとも、原本の存在及びその成立に争いのない甲第六号証、前掲乙第二八ないし第三二号証の各一、二、同第三三号証の一ないし三、同第三五号証の各一、二、同第三六号証の一ないし三、同第三八号証の各一、二、同第三九号証の一ないし三、成立に争いのない同第一八号証の一、二、同第一九ないし第二二号証、同第二六号証の一、二、同第二七号証、同第四〇ないし第四四号証の各一、二、同第四五号証の一ないし三及び同第四六ないし第五〇号証の各一、二、証人一ノ瀬哲の証言、原告鶴田繁俊本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告ら主張のように、被告市では、隔日勤務者の勤務時間について、かつて消防局長により、勤務の運用例として、休憩時間を除き一当務一四時間、四週間を平均して一週間につき四二時間として運用するように指導されていたこともあり、さらに、昭和五三年九月一日以降は、消防職員勤務規程の一部改正により、休憩時間を除き一当務一三時間、四週間を平均して一週間について三九時間と定められているが、右勤務の運用例及び定めは、消防吏員においては、労働基準法施行規則三一条、労働基準法八条一六号により一せい休憩の適用がなく、同規則三三条一項一号により休憩時間自由利用の原則の適用が除外されていることから、二四時間という長い拘束時間の中で作業を要する時間、待機時間、休憩時間、睡眠時間などを、各消防署や各消防職員毎に不公平をきたさぬように割り振るための基準として、作業時間の平準化を図る目的で示されたものであることが認められる。さらに、消防職員勤務規程及び前記認定事実によると、同規程九条三項に定める休憩時間一一時間のうち前示の睡眠時間に相当すると見られる四時間を除いた七時間は、休憩ではありながら、労働基準法三四条三項の適用が除外されているのであるから、実質的には災害出動や救急出動に備えて待機することになつて待機時間(手待時間)とあまり差異がないように見えるとはいえ、右のような出動がなければ、場所的制約を受けるものの、その他の面においては自由利用に近い利用をすることまで禁じられていないばかりか、むしろ許容されているとも見受けられる。このような事実に基づいて考えるとき、前記運用例や改正後の前記規程三条三項にいう「勤務時間」の用語は、いずれも二四時間の拘束時間から睡眠時間に相当すると見られる四時間を含む休憩時間一一時間を除いたところの、現実に作業を要する時間(手待時間である待機時間を含む。)などを、あたかも実労働時間(正確には、このほかに、自由利用の原則の適用を除外された休憩時間七時間を含むものであることは、前示のとおりである。)を意味するかのように使用されているというべきであるから、これをもつて、原告らの主張するような特勤手当条例でいう正規の勤務時間と解するのは相当でないというほかない。
三(特殊勤務手当について)
1 消防吏員の職務の特殊性については、消防組織法一条、一三条、一四条、同条の二、同条の四、刑法三七条二項、労働基準法三二条、三三条、三五条、四〇条、同法施行規則二九条、消防職員勤務規程三条、五条ないし七条、九条、福岡市消防職員服務規程(昭和五〇年一一月二七日消防局訓令甲第一一号)、福岡市消防吏員階級規則(昭和四七年四月一日福岡市規則第六三号)の各規定から窺いうる制定理由、立法趣旨、目的、内容等に前掲各書証、証人一ノ瀬哲の証言、原告鶴田繁俊本人尋問の結果を総合すると、消防吏員の職務の特殊性、就中、消防吏員全員に共通する特殊性は、被告市の主張2(三)のとおり、勤務時間条例三条一項所定の一週間について三九時間を下らず四八時間を超えない範囲で勤務させることができる職員とは明らかに異なるものがあり、この特殊性は、特勤手当条例三条にいう「給与上特別の考慮を必要」とする場合に該当するというべきであり、さらに進んで、これを恒常的、常態的なものとしてとらえることができるので、標準化、画一化して評価することのできるものであると考えられる。
2(特殊勤務手当と給料の関係)
地方公務員の給与は、給料(地方自治法二〇四条一項)と手当(同条二項)に大別される。給与は、法律又は条例に基づかない限り支給することができないものであり(地方公務員法二五条一項、地方自治法二〇四条の二)、給料及び手当の額並びにその支給方法を条例で定めなければならない(地方公務員法二四条六項、地方自治法二〇四条三項)とされており、公務員の給与決定における条例主義(給与法定主義)を明らかにしている。また、地方公務員法二四条一項では「給与はその職務と責任に応ずるものでなければならない。」と規定して(国家公務員法六二条の規定も同旨。)、職階制を基礎とする給与制度(職務給)を原則とすることを予定している。
(一) 以上を受けて、被告市では、まず給料については、前示のとおり、給与条例三条一項の規定がある(給与法四条参照。)。すなわち、給料は、勤務に対する報酬であるから、その勤務を正当に評価した対価でなければならない。しかし、各職務は、現実には、多様であり、それぞれ具体的な勤務条件のもとに遂行されるわけであるから、勤務の強度、勤務時間その他の勤務条件を可能な限り給料において反映させることが肝要であろう。このため、現に、国家公務員における給与法や被告市の給与条例では、職務の種類、態様、それに伴う職員の勤務条件において相当特殊性をもつと目されるもので、且つ、該当職員数の多い場合、当該職員に適用する給料表そのものを別建てにして、いくつかの給料表を定め、それらの職員に共通している特殊な勤務条件についても、給料表上それなりの考慮を払うという方法がとられている。被告市の消防吏員についても、前記のように標準化、画一化して評価しうる職務の特殊性に鑑みて、給与条例四条一項三号は、行政職給料表と異なる消防職給料表を定めたものと見ることができる。
(二) 次に、手当については、被告市は、地方自治法二〇四条二項(国家公務員法六五条一項四号参照。)に則り、給与条例二一条で、特殊勤務手当の額及びその支給方法については別に条例で定めると規定し、これによつて特勤手当条例が制定されている。同条例三条一項(給与法一三条一項参照。)により、特殊勤務手当の支給対象とされる職員は、被告市の主張2(一)のとおり、三要件を満たす勤務にある職員であることを要するものと考えられる。右要件に照らせば、右条例(又は給与法)は、特殊勤務につき給与上考慮すべき勤務の特殊性について、第一義的には給料で考慮することを原則とし、例外的措置としてのみ特殊勤務手当としてこれを支給する旨の定めをしているものと考えられる。そして、勤務の特殊性を給料で考えることが適当でない場合としては、被告市の主張2(一)の第一ないし第四の理由と同様に考えることができる。
3(被告市における特殊勤務手当)
被告市の給与条例、特勤手当条例(改正前も含む。)及び勤務時間条例を見ると、特勤手当条例は、三条二項で、特殊勤務手当を第一種から第四種までの勤務差手当に分類し、四条で第一種勤務差手当につき定めをおき、同条一項で、第二種勤務差手当の支給を受ける職員(労働基準法四一条三号に規定する監視又は断続的業務に従事する者)を除き、正規の勤務時間が一週間につき三九時間を超える職員に支給するとして、勤務時間の特殊性を手当で考慮する旨を定め、同条二項では、一週間の勤務時間が四二時間、四五時間(昭和四三年の同条例改正前は四八時間の区分もあつた。)の職員に区分して支給すると定めている。従つて、一週間の正規の勤務時間が四五時間(昭和四三年改正前は四八時間)を超える職員については第一種勤務差手当の定めがないことになるが、これは、勤務時間条例三条一項により一般職に属する職員の正規の勤務時間の基本を三九時間としたことから、一週間について三九時間を超えて四八時間を超えない範囲において正規の勤務時間を定められる職員を対象にして、勤務時間の特殊性を考慮して規定されたものと解することができ、一週間について四五時間(同改正前は四八時間)を超える職員については、当然のことながら別途考慮することにしていることを窺うことができる。勿論、形式上、第一種勤務差手当の対象となるかのような場合でも、既に給料において勤務時間の特殊性を考慮されている場合には、前記のように右手当が支給されないことは当然であると考えられる。
4(消防吏員の職務の特殊性についての給与における考慮)
前記のように、消防吏員全員に共通する職務の特殊性は、給与において考慮する必要性があるが、被告市における給与上のその取扱いを沿革に徴して考察する。
成立に争いのない乙第九、第一〇号証、同第一二号証の一、二、同第一四号証、同第一五号証の一ないし三、同第五七ないし第六二号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 「地方公務員法の施行に伴う消防職員に関する条例及び規則の取扱について」と題する国家消防庁管理局長通知(昭和二六年三月一六日国消管発第五八号<乙第九号証>)によれば、消防庁では、地方公共団体の消防職員の給料については、その職務の危険度及び勤務の態様の特殊性等に鑑み、原則として、一般行政職員と異なる給料表を適用するのが適当とされた。被告市では、右の行政指導に従い、給与条例(乙第一二号証の一、二)四条四項に基づき、「消防職員の級の格付等に関する規程」(昭和二六年五月三〇日消防局訓令第二号<乙第一四号証>)を定めて、消防吏員には、消防吏員級別表を用いて、全職員共通の給料表の号俸調整を行い、右特殊性を考慮した給料上の優遇を図つていた。
(二) さらに、給与法の一部を改正する法律(昭和三二年六月一日法律第一五四号)が公布されるに際して発せられた「地方公務員の給与制度等の改正について」と題する自治庁次長通知(昭和三二年六月一日自乙公発第五一号<乙第一〇号証>)によれば、地方公務員の給与制度についても、勤務態様等が特殊な職については、職員の数、人事交流の状況、勤務の実態等を考慮し、特別の給料表を用いて簡素化することが適当であるとされた。被告市では、右の行政指導に従い、給与条例の一部を改正する条例(昭和三二年一〇月五日福岡市条例第四七号<乙第一五号証の一ないし三>)を定めて、消防吏員については、一般行政職員とは異なる消防職給料表を新設し、一般行政職員よりも有利に措置した。
(三) 他方、旧特勤手当条例(昭和二九年四月一日福岡市条例第九号<乙第五七号証>)四条但書をもつて、消防吏員その他の消防職員を第一種勤務差手当の支給対象から除外する旨を定めており、これは、同吏員の勤務時間の特殊性については給料で考慮している趣旨を明らかにする規定とみられる。
(四) その後、旧特勤手当条例の一部を改正する条例(昭和二九年一二月二七日施行、福岡市条例第六九号<乙第五九号証>)により、旧特勤手当条例二条から、同条例の適用対象となる職員に「消防吏員及びその他の消防職員」を含む旨明確に置かれていた文言が削除され、さらに、昭和三三年福岡市条例第一〇号の改正においては、前記旧条例四条も全く改められて、第一種勤務差手当の対象職員から消防吏員を適用除外する旨の明文の規定が削除されるに至つた。
(五) これまで被告市の消防吏員には、第一種勤務差手当が支給されたことはなかつた。
右認定事実によれば、被告市については、第一種勤務差手当に関し、これが消防吏員全員に共通する職務の特殊性であるとして従来から給料で考慮するという取扱いをしてきたものであり、旧特勤手当条例施行の当初の段階において、消防吏員は第一種勤務差手当の適用対象職員から除外する旨規定を設けたのも、右の趣旨を注意的に規定して明示したものとみられる。従つて、その後の同条例の改正(前記昭和二九年一二月及び同三三年の各改正条例)によつて、同手当につき消防吏員に関する明文化された条項が遂次削除されたのも、右趣旨に則つた注意的な規定であり、当然の二義を生じない事柄であるとして削除に至つたものと推測される。そうであるならば、原告ら主張の如く右削除をもつて、同手当の消防吏員への適用除外を改め、以後これを適用するものとした趣旨とは到底考え難い。
5 以上のとおり検討した点を総合すれば、消防吏員全員に共通する職務の危険性等及び勤務時間に係る特殊性は、給与において考慮する必要のあるものであるとともに、恒常的、常態的にとらえることができ、標準化、画一化して評価することのできる性質のものであることから、被告市においては、消防吏員に対し一般行政職員に適用される行政職給料表とは異なる消防職給料表を定めており、隔日勤務者の勤務時間の特殊性まで含めて、給料によつてある程度考慮されていると思われる。他方、勤務の特殊性を特殊勤務手当で考慮する場合とは、言い換えれば、その特殊性を給料で考慮することが適当でない場合において始めて問題にすることになるのであるから、既に消防吏員に共通する職務の特殊性が給料で考慮されている以上、消防吏員らの勤務時間の特殊性は第一種勤務差手当の適用対象とならないと解せられる。また、証人一ノ瀬哲の証言によれば、被告市ではこれまで前記消防吏員の職務の特殊性を給料で考慮したとして、運用上、勤務時間の特殊性に係る第一種勤務差手当を支給していなかつた事実も認められるし、特に、前説示のとおり、消防職員勤務規程上からも、隔日勤務者の勤務時間が一当務二〇時間、四週間を平均して一週間につき六〇時間であるから、このことだけからも、特勤手当条例四条二項各号の勤務時間の職員に該当しないのは明白であり、例規上からも隔日勤務者に対する第一種勤務差手当の支給を考慮していないというべきである。従つて、被告市においては、原告ら隔日勤務者は第一種勤務差手当の支給対象にならないと解するのが相当である。
これに対して、原告らは、消防吏員中毎日勤務者にも隔日勤務者と同一の消防職給料表を適用していることや、一週間につき四五時間が勤務時間である看護婦には、行政職給料表と異なる医療職給料表を用いながら、それでも第一種勤務差手当を支給しているのであるから、これと対比して、勤務時間の特殊性を考慮したとするならば不公平な取扱いである旨主張する。
しかし、毎日勤務者との関係について見れば、前掲乙第二六号証の二、証人一ノ瀬哲の証言によると、八〇〇名を超える被告市の消防吏員のうちその七〇ないし七五パーセントにあたる者が隔日勤務者であり、その余は概ね毎日勤務者であることが認められる。そうだとすれば、消防吏員は、その大部分が隔日勤務者であつて、その勤務は長時間にわたることを常態とするもの、換言すれば、消防吏員の勤務体制は、総体的に見て、隔日勤務を通常の形態とするものであるということができる。しかも、消防職員勤務規程六条によれば、毎日勤務者であつても、消防吏員であれば、必要に応じ、隔日勤務者と同じように、一週間につき六〇時間の勤務をすることがある。のみならず、右証言によれば、消防吏員である以上、毎日勤務と隔日勤務との間の人事交流の要請があることを認めることができる。以上を総合すると、消防吏員に対して、一律に消防職給料表を適用する必要性と妥当性が存するというべきである。そして、消防吏員に対して一律に同給料表が適用されるからといつて、隔日勤務者の勤務時間差が給料上考慮されていないとすることはできない(この点は、むしろ、毎日勤務者が隔日勤務者の勤務時間の特殊性の反射的利益を享受しているものと見受けられる位である。なお、毎日勤務者に対する隔日勤務者の職務の特殊性の差については、昭和五四年三月三一日以前における特勤手当条例三三条、同施行規則六条一項により第三種勤務差手当である消防手当の支給額に関して隔日勤務者の方を有利に扱い、同条例四九条の二、同規則八条の二により第四種勤務差手当である夜間業務手当を隔日勤務者に支給するなどして一応の考慮が払われていた。)。
また、看護婦との対比については、成立に争いのない乙第六六号証及び弁論の全趣旨を総合すると、看護婦に対して医療職給料表(二)が制定、適用されるに至つたのは、被告市の人事委員会が昭和四九年八月一二日付で、「看護業務の複雑困難化及び要員確保の必要性等の事情を考慮して」所要の措置を講ずるよう勧告した結果であると認められるので、消防職給料表の制定とは趣旨を異にし、医療職給料表(二)が勤務時間の特殊性を給料表化したものではないといわなければならない。従つて、医療職給料表(二)の適用を受ける看護婦が第一種勤務差手当の支給を受けたからといつて、このことをもつて、消防職給料表の適用を受ける消防吏員との間に不公平を生ずるものとは考えられない。
四 よつて、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富田郁郎 川本隆 高橋隆)
別表(一)~(五)<省略>